「時刻表2万キロ」など鉄道紀行文学で名高い宮脇俊三さんが晩年に刊行した「鉄道廃線跡を歩く」シリーズは、筆者の愛読書の一つだ。各地を訪れる時は必ずチェックする。先日沖縄県嘉手納町に訪れた際も、戦前の県営鉄道駅跡を探ってきた。
しかし、廃線跡ウオークは筆者のような鉄道ファンに限らず、観光客にも根強い人気を持つ。宮脇さんが「失われた鉄道を求めて」(文春文庫)で書いているように「雑草に埋もれた廃線跡は正に兵どもが夢の跡であって、一般の史跡と同じ感慨を覚える」からだ。
「廃線跡を歩く」なかで、一番人気は、群馬長野県境の碓氷峠にある「アプトの道」だろう。1963年の新線開通により廃止された旧国鉄信越本線跡で、松井田町(現安中市)がその一部、横川駅と峠の中間にあたる旧熊ノ平駅間5.9キロを遊歩道として整備した。
横川駅近くの鉄道文化むらを出発地とするハイキングルートには、重要文化財の旧丸山変電所をはじめ六つの橋梁と10のトンネルがあり、碓氷第3橋梁(通称めがね橋)など煉瓦(れんが)づくりの鉄道遺産をたっぷりと楽しめる。「峠の釜めし」もいまだに人気だ。
安中市によれば、「アプトの道」を訪れる観光客はこの10年で3割近く増え、年間30万人に達するという。国際保養地軽井沢や世界遺産の富岡製糸場に隣接しているだけに、気軽に立ち寄ってくれるようだ。
しかし、既存の廃線跡ウオークだけでは、遠からず飽きられる。そんな危惧を持つ安中観光機構(日本版DMO登録法人)は、市内の多様な団体によるワークショップを開催し、次から次へと新たなプログラムを工夫している。
例えば、この秋にはレールが敷かれたままで遊歩道として未整備の、旧熊ノ平駅から軽井沢駅までの廃線ウオークに挑戦した。かねてから鉄道ファンなどの要望は高かったが、トンネル内の電気設備もなく危険だと、所有者の安中市が立ち入りを認めない区間だ。
観光客や住民の要望に応え、地域資源活用を徹底的に探るのがDMOの役割だと張り切る機構は、まず、地元ボランティアと除草など準備作業に取り組んだ。その上で客にヘルメット着用、懐中電灯持参を義務付け、自らが引率する条件で、市から許可を引き出した。
第1回目の10月14日は、機構の顧問を務める筆者も含めて100人近い参加者が8時間かけて12キロを歩いた。メディアの反響は大きく、確かな手応えを感じた機構は第2弾、3弾の開催を決めた。来年春には台湾からの観光団体の参加も決まった。
廃線跡など地域資源の活用のために、行政など関係者との合意形成を積み上げる安中DMO。その存在感は確実に高まっている。
(大正大学地域構想研究所教授)